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東京地方裁判所 昭和36年(モ)1882号 判決 1961年11月10日

申立人 築地産業株式会社

右代表者代表取締役 成田圭吾

右訴訟代理人弁護士 川添清吉

同 西園寺正雄

同 若菜允子

被申立人 株式会社 間組

右代表者代表取締役 神部満之助

右訴訟代理人弁護士 山田半蔵

同 山田賢次郎

主文

1、当裁判所が昭和三五年一二月一三日同年(ヨ)第七、一二二号不動産仮差押申請事件についてした仮差押決定は、申立人が保証として金八、〇〇〇万円を供託することを条件として、取り消す。

2、申立費用は被申立人の負担とする。

3、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、被申立人が、当裁判所に対し、申立人を債務者とし、申立人の証文にかかる建物工事請負代金残額一億六、二六七万二、八五一円の内金一、〇〇〇万円と右請負代金残額に対する約定違約金九、九九〇万二〇一円の合計金一億九九〇万二〇一円及び右金一億六、二六七万二、八五一円に対する昭和三五年一一月一日以降支払済に至るまで日歩五銭の割合による金員を請求債権とし、別紙目録記載の建物(以下本件建物という。)につき仮差押とその執行方法としての強制管理の申立をし、昭和三五年一二月一三日主文第一項掲記の仮差押決定を、同月一七日同年(ヌ)第一、〇一二号強制管理手続開始決定をそれぞれ得て、現に強制管理手続継続中であること並びに被申立人が申立人に対し前記請負代金残額一億六、二六七万二、八五一円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める本案訴訟を東京地方裁判所に提起し、右訴訟が同裁判所昭和三四年(ワ)第二、三五五号事件として同裁判所民事第二六部に繋属していることは当事者間に争がない。

二、そこで申立人の申立により民事訴訟法第七四七条第一項後段の規定により本件仮差押決定を取消すにあたり、保証を定めるについて考慮すべき諸事情を以下に順次検討する。

民事訴訟法第七四七条第一項後段にいう保証は、仮差押決定を取消されることによつて仮差押債権者が蒙るかも知れない損害の担保と解すべきであるから、右保証額を決めるについては損害の発生の可能性の度合と予想される損害額につき見通しをつけなければならないが、これをするに当つては、具体的案件毎に仮差押債権者が主張する被保全債権額、取消を求められている仮差押決定の執行により仮差押債権者が確保している経済的価値殊に本件のように仮差押の執行が不動産の強制管理である場合には予想される供託金額の額、事案の内容その他により予想される本案訴訟の繋属期間、仮差押債務者の資産状態、保証に対して仮差押債権者の有する権利の性質等諸般の事情を綜合斟酌しなければならない。尤も申立人は、相手方主張の被保全債権が相手方に対する損害賠償債権をもつてする相殺によつて一部消滅し、減少しているかの如き主張をしているけれども、かかる主張は、本案訴訟または仮差押異議の主張たるは格別、本件申立の理由たりうるものといえないから、事実の確定をなすまでもなく、排斥することとする。

これを本件についてみると、前示のとおり本件仮差押決定は金一億九九〇万二〇一円及び金一億六、二六七万二、八五一円に対する昭和三五年一一月一日以降支払済に至るまで日歩五銭の割合による金員を被保全債権としてなされているが、仮差押決定の執行として強制管理の方法がとられている以上、被申立人は本件仮差押決定によつて本件建物の交換価値を保全するものではなく使用価値を保全するものであり、右仮差押決定が申立人に送達されてから夙に一四日の期間を経過している(本件仮差押決定が申立人に交付された日が昭和三五年一二月一四日、であることは当裁判所に顕著な事実である)現在、今後あらためて本件仮差押決定の執行として強制競売保全のための仮差押として仮差押決定の登記簿記入による執行をすることは許されないから、本件仮差押決定が取消される場合仮差押債権者たる被申立人の蒙るかも知れない損害として本件建物自体の交換価値を考慮する必要はなく、(尤も、本件仮差押決定が申立人よりの保証提供により取り消された後に、被申立人において強制競売保全の目的でまた本件建物の仮差押を申請した場合、申立人の保証提供により保全の必要性が消滅したとの理由で申請が却下されることが考えられるから、本件仮差押決定の取消によつて被申立人の蒙る損害として本件建物の交換価値を算入すべきだとの考え方もあり得ようが、被申立人が本件仮差押決定の執行方法として強制管理の方法を選択している以上、右のような場合まで想定して保証金の算定をする必要はないと考える)その使用価値を考慮すべきものであるところ、本件建物の賃料は一ヶ月約三〇〇万円であることは当事者間に争いがないから、この金額より相当の管理費用を控除した金額が右強制管理手続開始決定がなされた前示昭和三五年一二月以降毎月供託されていることが推認できるが、本件仮差押の本案訴訟は昭和三四年(ワ)第二、三五五事件として今なお東京地方裁判所民事第二六部に繋属していることは前示のとおりであつて、同部がいわゆる新件部として証拠調を行わない部であることは当裁判所に顕著な事実であり、本件仮差押取消申立事件の攻撃、防禦を通じて窺われる本案訴訟の内容、当事者の争う態度等をあわせ考えると、本件仮差押の本案訴訟の落着をみるまでに、今後なお相当の年月を要することが明かであり、本件仮差押決定が取消されないとすると、本案訴訟が落着するまではこれまでどおり前記収益が供託される筈であるのに、本件仮差押決定が取り消されれば被申立人はこれまで供託された金額及び今後供託されたであろう金額を確保できなくなること、他面被申立人は本件仮差押決定を得る前、本件建物工事請負代金残額一億六、二六七万二、八五一円の請求債権中金一億五、〇〇〇万円保全のため(イ)本件建物及び(ロ)本件建物の敷地たる中央区築地四の四宅地二九七坪六合五勺につき、同じく連帯保証人成田努に対し前記請負残代金のうち二六七万二八五一円についてその請求権保全のため同人所有の(ハ)渋谷区原宿三丁目二一四番の二宅地八五坪二合、同所二一八番の三宅地七一坪三合一勺、同所二一九番の二宅地七八坪三合一勺につきそれぞれ仮差押決定を得て現にその執行中であることは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨及び弁論の全趣旨により成立の認められる甲第二及び五号証並びに成立に争いのない甲第三号証を綜合すれば、右(イ)(ロ)(ハ)各不動産の時価の合計額は、右(ロ)の宅地には本件建物が存在しているのに甲第二号証記載の評価額は更地としての評価額であること及び本件建物には既に他の債権者のため債権額金五、〇〇〇万円の抵当権と債権極度額金三、五〇〇万円の根抵当権がそれぞれ設定されているという当事者間に争いのない事実を考慮に入れても(しかも、弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第七号証によれば右抵当債務は着実に割賦弁済されつつあることが認められる)、被申立人が存在すると主張する本件建物請負残代金及び違約金等の合計額を超えることが窺われるが右仮差押決定の執行は、申立人及び成田努において解放金を供託することにより取り消されうるものであり、そうでなくても今後右被保全債権額超過部分の債権に競合乃至優先する多額の債権が出現した場合には、結局右仮差押決定の執行をもつて、本件仮差押決定の被保全債権額のすべてが確保せられているものとはいえないこと、民事訴訟法第七四七条第一項後段の保証は、同法第七四三条にいう仮差押解放金が執行の目的物に代わるべきものとして一般債権者の配当要求の対象となり仮差押債権者が何等の優先権をももたないものであるのとは異り、訴訟上の担保として、その還付につき、仮差押債権者が排他的優先権をもつものであること等諸般の事情を綜合考慮すれば、当裁判所は、本件仮差押決定の取消を求めるため被申立人の提供すべき保証の額は、被保全債権の金額と同額とすることは必ずしも適当ではないが、なおこれを本件建物の一ヶ月分の相当賃料額(当事者間に争がない)をもつて相当であるとする申立人の主張も相当でないと考えるので、前記認定の諸般の事情を前提においたうえで自由な意見のもとで八、〇〇〇万円とするのが相当であると考える。

三、よつて、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川善吉 裁判官 宇野栄一郎 小笠原昭夫)

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